jupes jupesの日記

Lanai Fukudaのくだらない日々

昔書いたショートストーリーです

「Stop!」

 

ある日の昼下がり。

 

 雲一つない、抜けるような青空から地上に響き渡ったひとつの声。

 

人々は、その地響きがするほど轟音であったその声を聞き少々不安を覚えた。

 

地上を群れをなすようにひとつの方向に歩いていた人々も、あちらこちらに忙しそうに動き回っていた人々も、一瞬、立ち止まり、青空を仰いだ。

 

しかし、その澄み渡った青空には、雲一つ現れることもなく、鳥一羽飛ぶこともなく、風さえも吹き始めることなく、つまり何の変化も訪れなかったのだった。人々は、一瞬でも立ち止まって上を向き、もうろたえたことに羞恥心を覚え、何も聞こえず、何事も起きなかったかのように、すぐに真顔になって前を向き、そのまま歩き始めるのであった。

 

しばらくは、地上は今までと同じせわしくも平穏な日々が繰り返された。

 

しかし、あるニュースが突如、世界を不安の渦へと巻き込んでいった。

 

それはある国の畜産農家が「家畜が子を産まない」と悲痛な訴えを取り上げたニュースであった。

 

その畜産農家によると、ある日、あの声が聞こえた時から、家畜として飼っている牛や豚が子をいっさい産まず、そして鶏もが卵を産まなくなったというのだ。胎児を宿していたはずの腹もいつの間にか、以前のぺっちゃんこの腹になり、中の子は消えてしまっていると、インタビュアーに対して不安げに訴えた。

 

そのニュースは一瞬の間に世界中を駆け巡った。そして、次から次へと「うちの家畜もそうだ!」「どうしたというのだ?」という声がメディア上に沸き上がった。テレビや新聞をはじめとするすべてのメディアは、そのニュース一色となった。

 

数日すると今度は野生の動物を解き放って見せていた野生動物公園からも「動物の出産がなくなってしまった」という声が挙がってきた。妊娠していたはずの動物の腹の中からも胎児が消えているようだというのだ。そのニュースから、数分たってペットショップから「ブリーダーが飼っていたペットも子を産まなくなったらしい」という声が挙がり、そして各国のブリーダー達からも、同様の声が無数に挙がり、その数が一気に増えていった。

 

すると時を待たずに今度は漁業関連の人々が、「海で産まれているはずの子魚達が見当たらない」という声が挙がってきた。時を待たずに「養殖用の魚が卵を産まなくなった」という声が養殖組合から上がってきた。同様に、水族館でも「魚達が産むはずであった腹の中の卵が消えているようだ。海洋生物すべて赤ちゃんを産まない」という声が挙がってきた。それらを生業とする人々は真っ青になって慌てふためいていた。

 

その一方で「害虫が消えた」という喜ぶ人々がいた。害虫がさかんに増える地域の害虫があっという間に死滅してしまったようだというのだ。しかし、それを聞いて落胆していたのが、殺虫スプレーを生産し販売していた会社であった。

 

他には「野菜畑を荒らす害獣も減ってきた。野菜は盛んに育っている」と野菜農家は喜びの声を挙げた。

 

バイオテクノロジーの研究者達や生物学者達は首をかしげながら神妙な顔をそろえ、「哺乳類、鳥類、魚類などのいわゆる動物と呼ばれる生物だけが繁殖能力を失ったのであろうか」と分析を始めた。

 

確かにその声の日を境に、動物達がみるみる内に数を減らしていったが、植物や菌類などは生き生きと勢力を伸ばし、その成長を早めていっているように人々は見えた。

 

遂には、人々の不安は動物の一種である、人類はどうであろうか、というものに及んできた。

 

その暗い不安はぴたりと的中した。出産予定日が過ぎても、妊婦が子を出産しないのである。そしてみるみるうちに突き出ていた腹がしぼんでいき、中の胎児が消えてしまっているようなのであった。産婦人科では、パニック状態が起き始めていた。妊婦の腹の中からすべての胎児が消えていたのだ。もう人間の子どもも産まれなくなってしまった。産婦人科を主なる収入減にしていた医院は青くなった。そして赤ん坊をターゲットにしていた商品の会社は自己破産の道を考えはじめた。それは教育産業業界にも波紋は及んだ。数年後にはすべての学校は経営が成り立たなくなるであろう、それに付随していたあらゆる教育産業もすべて終わりだ。

 

世界中の人々は、今後子どもが産まれないことから起きるであろう、絶望的不安によって茫然自失状態になりそうであった。

 

人々は未来のアカデミックなことや文化文明に対しての不安を覚えながらも、そんなことより、何よりも、今後食べるものはどうしようかというベーシックなものに対してが優先であった。数日後には食べる肉が尽きてしまうのだ。そして魚も手に入らないのだ。

 

蓄えてあった肉や魚が、異常なる高値で金持ち達に独占されてしまった。

仕方なく今まで肉しか食べなかった人々が穀物や野菜を食べるしかなかった。

 

悪い考えをもった連中は、保護されていた犬や猫を買い取り、しめて家畜の肉と称して闇市で売るようになった。もちろん動物愛に満ちた人々からは猛攻撃を受けた。しかし、保健所にいた犬猫は、すべて引き取られて闇へと消えていってしまった。

 

一方で飼われていたペット達はとても大事に扱われた、もうペットは手に入らないかも知れないのだ。動物の同胞として大切にしようという意識が飼い主たちに芽生えていった。それに伴ないペットも異常な高値で売買された。その高額なペット達は、保健所から引き取られたものもかなり含まれていた。肉食のペット達の餌はすべてベジタリアン用へと変わっていった。

 

飼育されていた動物園の肉食動物でさえも、餌が穀物に変わった。そのうち、動物園は封鎖され、動物達は今まで生息していただろう、野生に還されていった。どうせ、皆死に絶えるのだ、動物達のことなど考えていられない。野に放たれた動物達は本能が突然によみがえり、生き生きとして、食べられるものを片っ端から捕まえては食べ尽くしていった。それは弱肉強食の法則に従い、次から次へと食の連鎖が続いていたのだ。やがて弱肉強食の頂点に立ち、少数で生き残るであろう最強の動物であるライオンでも、野の草を食べるしかなくなっていくのであった。

 

そして人間達は、不安の中で必死に生き残るすべを考えた。考えて考えて知恵のありったけを絞り尽して生き残りをかけた。畜産の肉を食べられなくなった人間達はハンティングに希望を持ち始めた。そして養殖の魚が手に入らなくなると自ら釣りにも出かけた。

 

どうしても肉や魚が手に入らなくなると今度は仕方なく代用肉を考え始めた。炭水化物の原料となる野菜や穀物はいくらでも手に入るのだ。

今までベジタリアン用の代用肉を作っていた会社は、世界中の期待を担い、政府からも多額の援助金を得て、大いに研究を早めた結果、素晴らしく肉や魚に似た味の食品を次から次へと生み出し、世に送った。

 

人々は、最初は仕方なくであったが、その内にこぞって、それらのオーガニックベジタリアン食品を買い求め、健康体になっていった。

 

人々はうっすらと気が付き始めていたのだ。もう人類に新しい子孫は生まれない。それであったら、今生きている人間達が少しでも長く生きなければ、世界中の文化も文明も、そして歴史もすたれてしまうのだ。

 

戦争など馬鹿々々しいこともやっていられない。どうせ皆寿命が来たら死ぬのだ。お互いの国を取り合うことなど、無駄なエネルギーだ。そんなことをするだけで腹が減る。少しでもエネルギーを温存して、生き延びるのが賢い選択肢だ。

 

しかし、なんでこんなに緑が増えているのだろう、ふと気が付くと、いたるところに草木が生い茂っている。油断をすると、家の中にまで草木が侵入し、湿った部屋にはキノコが群生していたりする。

 

人々はうっすらと気が付いてきた。人間の領域に、じわじわと植物や菌類が侵入してきているのだ。

 

今の敵は互いの人間達から、植物や菌へと変わっていった。

 

植物や菌類は、有難い食料であり、建築の材料にもなるし、頼りになる生命体だ。しかし、多すぎるそして強すぎる。

 

ゆっくりではあるが、地球が緑色に染まりつつあった。

 

月から見おろすと、青かった地球が緑色に変化しつつあるのだ。

 

その内にま緑になるであろう。それも時間の問題だ。

 

宇宙界の存在達は噂していた。

 

「地球が元通りの色になってきたな」と。