jupes jupesの日記

Lanai Fukudaのくだらない日々

教えること・・・

「教えることは、教わること」

 

「学びたいなら、教えなさい」

 

と英語学の恩師である教授が教えてくださったことがあります。

 

その教授は英語学では権威のような方で、著書も数多く、偉いお方でしたが、フレンドリーで親しみ易く、世間知らずで教養も知識も浅い私を叱咤激励してくださいました。

 

本当にそのお言葉通りでありました。英語を教えることとなった時、これまでになく授業準備の為に、ありとあらゆる英語テキストを読み返し、生徒に突っ込まれないように、また退屈されないようにと面白ネタも拾い集めたものでした。

 

そのおかげで勉強嫌いで出来の悪かった私が少しだけ成長できた気が致しました。

 

小学校に入る前は、周りから神童だとか言われて調子に乗り、近所の子供を集めては朗読会をやっていたにもかかわらず、小学校に入学した途端に、鬼瓦のような面をした定年間近な老女性教師に「低能、無責任」と通信簿に書かれて撃沈し、それ以降はすべての自信を無くしてしまい教室の隅で身をひそめるのが常になってしまいました。

 

それでもLD系(学習障害)があったと思われる弟に、忍耐強く同じことを何度もかみ砕いて教えることを続けたことと、2学年上の兄が小児喘息で学校にいけないため、兄の教科書を読んで兄にまで勉強を教える真似をしていたことが、後々役に立った気がします。

 

また中学生になると授業の合間で、勉強についていけない何人かのクラスメートを集めて補習授業のまねごとをしておりました。

 

私自身は優等生の部類には入っていなかったのですが、そのクラスメート達からは尊敬を集め、どうやったら勉強ができるようになるか、と何度も訊ねられました。

 

その時、実は、過去世からの影響か、魔術やおまじないにはまっており、家にある常備薬を全部混ぜ合わせ、食用オイルを入れてからおまじないをし、「この頭のよくなる薬を飲めば良いよ」と弟やクラスメートにお披露目しました。

 

すると皆、いっせいに挙手してどうしても欲しいとせがんで参りました。

 

それを処方?!された子達は皆、見事に成績がアップしていったのです。

 

思い出すと冷や汗ものですが、幸運にも誰も健康被害はなかったようです。

 

たぶん「プラシーボ効果」という信じ切ると効果が出るというものでしょう。

 

皆、催眠に掛かったように集中力が増して成績が上がったようです。

 

またアルバイト先の方に頼まれた家庭で家庭教師をしていた時も、中学生の女の子(シングルファザー家庭でお母さんがフィリピン人でそのお母さんがお父さんと女の子3人を置き去りにして、故郷に逃げ帰ってしまったという気の毒な家庭の子でした)で成績がクラスで最下位で低迷していた子が、妹さん達のお世話を良くして偉いね、と褒めていると(これは奇跡に近いのですが・・・)全教科でクラスで10番以内に入ってしまったとのことでした。その子は放置に近い環境であり、愛情不足もあり、勉強に集中できなかっただけなのでしょう。

 

また英語の教員になった時、英検担当になり、皆を合格させるという責任を負わされました。その時も皆をひたすら励ましていただけなのですが、見事に全員が合格し、担当していた3年間連続、神奈川県で英検合格率一位の学校となり表彰されていました。

 

更に、私自身がまったくできないにもかかわらず、高校3年生の英文タイプの授業担当になってしまいました。

 

その時も私は、皆にお手本を見せることができなかった為に、手拍子を叩き、リズムに合わせてタイプを打ってください、というだけの授業をしておりました。

 

それでも生徒達はとっても真面目で努力家の子達ばかりで、やはり全員合格となり、「先生指導を有難う」と涙ながらに生徒達に抱きつかれた時は、ちょっとうしろめたさを感じてしまいましたが、有難いことにそんな涙の祝賀に何度も居合わせて頂きました。

 

ある日、ちょっと発達障害系の生徒に突然「先生、教えるの上手だね!」と叫ばれたことがありました。単純で正直な宇宙系な子は表現がストレートです。

 

そこで起きたのが、20歳も年上の主任の男性教諭からの妬みとやっかみの嫌がらせでした。

 

「いい気になるなよ」と、個室に呼び出されて脅されたことも度々でした。

 

そんな人が、生徒の前では「アーメン」と信心深い慈悲深い面持ちで十字架の十字を切るのです。

 

その教師は優秀なミッション系の大学を優秀な成績で卒業したという主任でした。

 

しかし、実の当人は新興宗教2世でどっぷりと別の信仰をしていたのです。

 

優秀な人が素晴らしい教師になるとは限りません。

 

もともと優秀でなんでも分かる人は、分からない人の気持ちにはなれず、

 

「なんで分からないの?こんなに簡単なのに」

 

となりがち、かも知れません。

 

むしろ、勉強が苦手で、できないからこそ、できない人の気持ちが良く分かり、自分が分かりたいから、難しい問題をかみ砕いて、優しくひとつひとつじっくりと自分が納得しながら伝えられるのだと思います。

 

そんなことで、今もほそぼそと教える仕事をさせて頂いております・・・

 

来年もまた天界学をこっそりひっそりと続けさせて頂きます・・・

 

宜しくお願いします