6月12日は、特別な記念日として大事にしている日です。
Happy Birthday St. Geoge
以前は、しっとりした雨の日本を離れてゆかりのある、外国まで飛んでいき記念日を祝っておりました。
この8年間は、ネコさま関連で身動きができずにおり、心の中だけでお祝いしております。
一年に一度のこの日くらいは静かに瞑想しながら過ごしたいところですが、やはりネコさま関連で早朝からずっと電話が鳴りっぱなしで落ち着きません。
それでも、無事にこの日を迎えられていることに感謝しかございません。
昨晩も遅い時間の捕獲最中に、暗く厚い雲のすき間から黄金の輝きを放つ満月が、少し顔をのぞかせ、労をねぎらってくださいました。
感激です。
しかし、昨日のミーティングでは、ギロチンで首を落とされ、刃で心臓をえぐられたように深く傷ついておりました。会場の椅子に座り冷たく暗い深海の底に沈んでいる貝になったような気分で耐えておりました。
最初から、司会の方は、ここに犯罪を犯している人間がいる、と私と分かるように延々と罪状を読み上げてくださり、これは公開処刑であると感じておりました。
悪人は処罰されなくてはならず、もうすぐ私を団体から追放するということでした。
それはそれで良いことだと思います。
この終わりのない、苦しみしかない連続の日々を向こうから追い出してくれることで、解放されるなら心の底から有難くそれは本望です。
この3人の処刑人にずっとにらまれ続けた2時間半に感じていたことは、キリストがゴルゴダの丘で鞭打ちの刑に遭い、その後、十字架に磔にされた気分と同じ、ということでした。
キリストも、どれだけ人を助けていたにもかかわらず、弟子達からも見放され、病気を癒した人々からは石を投げつけられたり腐った野菜を投げつけられたり最後の最後は、翻った人間に裏切られ侮辱を受け続けていたそうです。その気持ちが痛いほど感じておりました。
かくいう私もキリストほど、偉業はなにもしておりませんが、この8年間、一日たりとも自分の時間を持つことなく、ネコさまと市のために、心身をすべて捧げてきたつもりでありました。正月さえも実家に戻ることも許されず、朝から深夜早朝までネコのお世話に明け暮れた日々でしたが、市役所の人達にとっては、ねぎらうどころか「だからなに?お前は悪人だ処罰する」といった態度を取られました。
市役所の統計で、助成金を増やし続けた結果、金額に比例して清掃局が処理するネコの死骸が減り続けている、と得意顔にすべて市役所の手柄という発表をされました。
その助成金を支給されたボランティアさん達が外のネコの捕獲手術保護をしているプロセスはまったく無視され、机上での数字の統計で、きれいに終わらせ、都からも市はお褒めを受けているのでしょう。
その陰にどれほどの自己犠牲が払われているかなど、事務所にいて現場を見たことのない方々には想像もつかないことでしょう。
この時期は、大雨、泥道、ナメクジ、蚊、蟻、ゴキブリが天敵です。その中での過酷な作業をまったくの無償で、というより、自らの労力とお金をはたいて活動をしているのです。
行政の方々は市民の税金から報酬を得て義務を果たしていらっしゃいますが、こちらは雇い主のいない自己負担の塊です。
だからそれで?という言葉がどこからか聞こえて参ります。
数時間の冷酷な仕打ちで、これで汚い私を処罰してきれいに終わらせようとする市側の態度に怒りがふつふつと湧いて参り、遂に最後の時間に、思いを少しだけ吐露してしまいました。
「自分は8年間、すべての時間と労力と経済的なことを犠牲にしてこの活動をしている。
餌やりも、夕方から深夜まで及び、捕獲活動も深夜から早朝まで行っている。
この苦しみを自分ができなくなった後に、後継者の方にすべて丸投げすることはとてもできない。
なぜなら、あまりにも自分の生活を投げうち、自己犠牲の塊になって活動しなければならないことを分かっていて、この同じ苦しみの継承を無責任にできない。
こちらは行政主導型のネコ活動を願っている。
市役所にネコ専門の部署を作り、その予算も出してもらい、市民の経済的労力的な犠牲を減らして欲しい。
また心あるひとりが全部犠牲を払うのではなく、多くの市民で、負担をシェアしていただくようにご立派なHPで呼びかけて頂きたい」
という旨を絞り出すような声で訴えたところ、シンとなり、すぐにどなたも明瞭な答えをくださいませんでした。
おひとりの議員の方だけは、
「優しい人が全部引き受けてしまって、他の人が甘えて何もしない状況が生まれている」
とおっしゃってくださいました。
また市役所のおひとりも、
「イベントなどでボランティア募集を掛けることは大いにやります」
とおっしゃいましたが、要はそういうことではないのですが、やはり次元が違い過ぎるのでしょう。まったく噛み合うことはありませんでした。
仕方がございません。
もうお手上げで、すべて天界にお任せするしかございません。
どんなに悪人に仕立てられ、罪をなすりつけられても、これは耐え抜くしかありません。
しかし、この苦しみの時間もあともう少しで終わる気がしております。
罪人のまま、悪名を着せられ、悪評のまま、そのうちに静かに去ることに致します。
あとは天界がお達しをくださることでしょう。
私はこの地上ではもう何も望まず、なにも要りません。
天界で、大マスターであるキリストに
「よくやった」
と死んだ後にねぎらってもらい、光の源に帰れたら、それだけが望です。
St. Geogeさまも私の帰りを静かに待っていてくださることでしょう。
