jupes jupesの日記

Lanai Fukudaのくだらない日々

魂の自由意志



お亡くなりになる直前の方々に何度かお会いしてみて、感じることがあります。

もちろん医療関係の方々は私などよりももっと多くの亡くなる直前の患者様方を見ていらっしゃるので、気が付かれていると思います。

「死」の傾向が出て来られている方は、どこか透明感があるのです。

その方々は、魂が清められていて、潔く天界に戻る準備と覚悟が出来ていると感じます。

地上にはもうほとんど思い残すことがなく、上の世界に期待を持ち始め、時には魂が浮遊して肉体を離れて上の世界に行っていることもあります。

よく、入浴中に亡くなる方々がいらっしゃいますが、それは地上のけがれた肉体や魂を生命の尽きる最後に清めてから魂を上昇させようとする魂の意識が働いてそうされるのではないかと感じます。

私事ですが、我が父親も死ぬ数日前にもうろうとしながらも自力で入浴しておりました。

そして以前は加齢臭がきつかったのに、死ぬ数年前はまったくの無臭になっておりました。本当に不思議です。

反対にお年を取っていても、病気でいらしても、生に対してまだ貪欲で執着も執念もある方々は、まだ生命力があり、「死」に対しての準備も覚悟が出来ていらっしゃらない為か、魂がまだどんよりと重く濁っており、身体の周囲にもギラギラとしたオーラがあります。

そのような方はたとえ病気が重くてもまだまだ死なないと感じます。そして本当にどんなに危うい状態でもなかなか死に至らないのです。

また瀕死の方でもふくらはぎのあたりを触ると、筋肉がまだあり、頑丈な方はとても生命力があると感じます。

そのような方々は、まだ地上に思いが多く残っており、やらなければならない使命が残っているのでしょう。

またまた私事ですが、一番上の母方の伯母は、もう90歳近くで瀕死の状態のようなのですが、何年も生きております。周囲の皆は、今日か明日か、と期待をしているようですが、その期待を見事に裏切り、何年も寝たきりのまま生きております。きっとお世話をしなければならないお嫁さんに不自由をかけて、復讐をしているような気がするのです。会ってはおりませんが、伯母を感じるとまだまだギラギラとした執念のオーラを感じるのです。

また末期癌で余命半年と言われている兄もまだ生きております。兄もまだ生に対しての執念があり、我がままで自分勝手な感じが致します。

やはり生と死に対しては、自由意志があり、魂の中で生きるか死ぬか、最後に自分の魂の中で決めるのだと思います。


現代の医学ではまだまだ計り知れない、未知の世界、つまり魂の世界の真実だと思います。