11月17日、天使になったうさぎ先生は父の遺したみかんの木の根元に埋葬されました。
クリスチャンの母曰く、すべては土から生まれ、土に還るのだから、樹木葬が良いということになり、母と弟と私で簡素な埋葬式を致しました。
前の晩は、ひつぎの代わりに小さな段ボール箱に入れられ、私の枕もとで一晩過ごし、お通夜のような儀式も致しておりました。
その段ボール箱の上でぼんやりと光る丸い紫色の光の玉の中にうさぎ先生がいるのがふっと見えました。
翌日のヴィジョンの中では、ドリーン・バーチュー博士の天使のオラクルカードの中の天使のように紫色の光の中で紫色の大きな翼を広げている、お顔は優しい女神のような天使の姿のうさぎ先生が見えました。
もうすでにうさぎ先生は軽やかな天使界の天使に君臨された様子です。
天界的には、死は再生を表し、祝福すべき輝かしい出来事です。
うさぎ先生も、この地上でなすべきことをすべて成し遂げたと、ご自分で納得し、天界に戻っていかれたようです。
うさぎ先生は、まるで1,8キロのうさぎとなって、うさぎの毛皮の着ぐるみを被った、計り知れない大きな存在でした。
人間界の家に入り込み、おかしな人間達をじっと観察し、撫でてもらいたい時には、暇そうな人間を選び、すり寄って頭を撫でてもらい、遊んでもらいたい時には、走れそうな人間を選び、鬼ごっこを仕掛けてきて、何時間も鬼ごっことしたりして遊び、穴掘りうさぎの本能が芽生えた時には、庭の中の一番きれいな花を選び、その根っこを全部掘り返しながら、巨大なトンネルを増設しまくり、それに飽き足らず、庭から脱出し、近所中を冒険し、時に、猫ちゃん達のテリトリーに侵入し、怒られて追いかけられるというスリルを何度も経験し、やりたいことをすべてやり尽くし、人間達よりもずっと良いオーガニックで新鮮な生野菜を人間よりも先に食べさせてもらい、時々は甘いビスケットをねだり、こめとぎをする時は、毎回、そのとぐ音を聞きつけ、2階からもダッシュで降りてきて、生米をねだりカリカリと食べ、食べたいものはすべて食べつくし、目的を成就し、天界に帰還されたという輝かしい祝福すべきことであると思います。
しかし、人間的な感情が出ると、たくさんの後悔が出て参ります。
家族のどなたか人が亡くなると、遺されたご家族のほとんどは後悔にさいなまれるようです。
私もご多分に漏れず、後悔の念にさいなまれております。
今年になってから、猫ちゃん活動が急に忙しくなり、今まではひと月に2回実家に帰ってられたことが、一回に減り、そして帰っても大掃除で忙しくほとんどうさぎ先生と遊んであげられる時間がなく、また家に帰っても頭の中は抱えている猫ちゃん問題のことでいっぱいで、うさぎ先生のことに気を配る余裕がなくなっておりました。
時々、実家に久し振りに帰ると、うさぎ先生は明らかに機嫌を損ねており、いじけたように側に近寄って来ず、近づいても逃げたりもしておりました。
しかし、私にしか身体を触らせることがなかったので、ひと月に一回のお風呂に爪切りをした後は、うさぎ先生は機嫌が直り、私と真夜中の大運動会をしたものでした。
でも、たくさんの後悔が残ります。
最期の日の数日前から、うさぎ先生は腸が詰まった様子で、大の方がなかなか出ず、出ても小さな小豆粒くらいのものしか出ず、明らかになにかが詰まっている様子でした。
その前は、真っ黒いものが大量に出ており、それを所かまわず出していたらしく、母も困っていたそうです。
大量に出ていたものが突然、出なくなり、うさぎ先生は苦しそうでした。
その後、何度も天界のヒーリングをし、整腸サプリメントも飲ませ、腸のマッサージをしたところ、少しずつは出るようになったのです。
うさぎさんは、2日間も便秘をすると生命の危険があると聞いていた為に、必死で何度も天界のヒーリングとマッサージをし、出すように促しておりました。
病院に連れて行こうと母に提案していたのですが、母は、うさぎ先生にとっては、病院は一番恐怖な場所であり、もう歳をとって身体の弱り切ったうさぎ先生を連れて行ったら、恐怖で死んでしまうかも知れないから、止めて欲しい、と言われました。
確かに、2歳の時に片目が悪くなった時に、病院に連れていったところ、院長先生から、「このうさぎは生まれつきのかたわだ」などという、ひどい言葉を投げつけられた為に、それから3日間、身体を丸めた状態のまま何も飲まず食べないという瀕死の状態となった経緯があり、それから一切、病院通いは止めていたのです。
それ以来は、うさぎ先生は、一切、ケガも病気もせずにおり、うさぎ先生の為に入った、車の保険よりも高い、動物保険はまったく使うことがありませんでした。
毎日、私は遠隔ヒーリングでうさぎ先生に「ケガや病気せずに天寿を全うするように」と唱えながら天界の日オーリングを送っておりました。本当にその通り、うさぎ先生は、毎日健康で快食快便であり、私達の手を煩わせることがなく、完璧に理想的な家族でありパートナーでありました。
しかし、腸が詰まった状態の2日目に、私はルシファーが憑いたのか、人間の浣腸薬を使うことを母に提案したのです。
動物病院に行っても、結局、人間と同じ薬を使うのを何度も見ていた為に、もうこれしかないと思ってしまいました。
そこで嫌がるうさぎ先生に無理矢理浣腸を施した後、しばらくすると、うさぎ先生は、ケージから猛ダッシュで駆け出し、部屋の隅っこで大量に下痢をしたのです。
あまりにも酷い下痢状態であり、遂に庭に出してしてもらうことにしました。
いつも行く場所で、液状のものを大量に出した後、私は非情にも汚れた身体をお湯で洗ってしまったのでした。
それから、うさぎ先生は体力を非常に消耗してしまったようで、ぐったりとしておりました。
このことが、うさぎ先生の寿命を縮めてしまったのではないか、と悔やまれます。しかし、放っておいたら、腸の詰まったまま過ごすことになり、これもかなりの苦しみであったはずです。病院に連れて行っても、注射か、浣腸をされたはずで、本当にどれが最善の方法であったのか、今でも分かりません。どちらにしても後悔はしていたはずです。
大量に下痢をした後、うさぎ先生は何も口にすることが、なく朦朧とし、寝たり起きたりしておりました。
とても寒そうであったので、カイロを入れたタオルで包んであげました。
もうその時は、すでに死の兆が表れておりました。
悲しいかな母も私もそれを察し、私はうさぎ先生を抱っこし、ストーブの前で暖めてあげておりました。
何度も頭を落としたり、起きたりを繰り返しておりました。
しかし、母が近づくと、母に頭を差し出し、「撫でて」と促します。
数十分、抱っこしているとそのうちに、声にならないなんとも言えないような断末魔の叫びを発しました。
そして私の腕から逃げ出すように何度もジャンプを繰り返したのです。
もしかしたら、怖くなり逃げ出したかったのかも知れません。
それでも、何度も頭を撫で、落ち着かせると、最後に大きな声を発し、徐々に徐々に目を閉じていったのでした。
しかし、洗った後の黒いふわふわの毛はとても艶やかで柔らかく、身体もまるまるとして柔らかく温かく健康そうに見え、どう見ても亡くなったようには見えませんでした。
私はしょっちゅう、弟に言うことがあります。
「今回の人生でお前の最大の功績は、うさぎ先生を家に連れてきたこと」
この後、採ったみかんは、とっても甘かったです。