もうすっかり一月も半ばになりつつあります。
ようやくデスクに向かって座れた感があります。
年末年始は、まるで本年の干支のごとく駿馬となって駆け回っておりました・・・
まったくお正月という風情が感じられず、ただ目の前に起きていることを対処するために、駆けずりまわされていた感じがします。
時折、寒空の下で固く締め切られた家々の窓から暖かな光が漏れ、家族達の華やかで楽し気な団らんの声を聴き、それぞれの家の換気扇から流れてくる異国情緒あふれる様々な料理の匂いを嗅ぎながら、もしかしたら今晩はクリスマス?!または大晦日?!お正月か?!と確認する日々でした。なんとなくアンデルセンのマッチ売りの少女の心情が伝わってくるような気もしておりました。
街のほとんど大多数の人々が自分達だけが楽しく無事であるなら、それで良いというような無意識に他者を遮断している冷たい排他的な心を感じ、修羅の世を横目で眺めていいる感じです。
しかし、自分は、しんからマゾだな、とほくそ笑み、ちょっと悦に入っている感もあります。夕方から深夜に掛けて、毎晩5,6時間街中を行ったり来たりしながら、うろつき、公園の水道でネコ神様の器を洗い浄め、帰ってきて暖も灯もない部屋に帰ると、外気を遮断しているだけの空間ですが、外とは比べ物にならないほど、暖かく感じ、今夜もサバイバルできた、という達成感で満たされます。
母の携帯電話が原因不明で作動しなくなったおかげで、年末年始、2回も、マイカー、ブラッキーさくらちゃんを鞭打ち、充電を繰り返しながら、実家滞在20分でとんぼ返りをした見返りに、母から手製の梅酒をもらい、その梅酒を毎晩サバイバルしたことの祝杯として、お湯割りにして1,2杯飲み干すことだけをご褒美にしております。すると体の芯から氷が溶けるように温まって参ります。酒が飲める体質に生まれて良かった、とつくづく思います。もし飲めない体質だったら、凍死しているかも知れません。
しかし、この時期は、手先が凍るように冷たくなり痛くなるほどになるのが、一番の苦行です。
いろいろと手先の対策をしているのですが、今のところ、2重にビニール手袋をはめて、貼らないタイプのカイロを左右交互に握り締めながら、暖を取る方法しかありません。
それでも、人間は何枚も重ね着したりして、寒気対策ができますが、外のネコさん達は、ただ外気がこないところを見つけて丸まっているしかありません。私もできる限り、見つけたネコさん達の寝床には、毛布やフリースやアルミシートを持っていき、かなり盛り込んではおりますが、それでもそこに入れないネコさん達が多くいることを案じ、辛い気分になっております。
あと一か月くらいで、このネコさまとの苦行の季節は終えられると思いますが、この時期は一年で一番の修行だと思います。
外ネコさんへの餌やり(=ネコ神様へのお供え業)をしていると、これはまさに宗教の魂の鍛錬ではないか、と思えて参ります。
どの宗教も、神に近づくため、生身の人間の煩悩を消す為、心を無にする為のあらゆる修行があります。
良く知られているものでは、祈祷、座禅、托鉢、行脚、滝行、断食・・・などなど、しかし、いずれも、自分だけを鍛え上げるもので、それをやったからといって、別に誰もなにも有難いと思わないのでは、と思えて参ります。
ふと、自分は苦行と共に、ネコ神様にお供えものをして、外ネコさん達の命をつなぎとめる行をさせて頂いているのだから、一挙両得かもしれない、などと思えて参ります。
こんなことをしていると、私のやっていることがあまりにも惨めで悲惨に見えてしまうようで、離れていく人々が多いことも事実です。
それはそれで本当に仕方がございません。
来るもの拒まず去る者追わず、という信念のもとで、自分勝手に自己満足の世界でやっていることですから、他人を巻き込んだり、他人様にも同じことをするように求めたりはいっさい致しません。
ただ、思うことは、苦行の結果として、毎晩帰ってくると爽やかな達成感を得られ、更に体調がとても良くなるということです。
また家族にも良い波動の良い波紋が届くようで、家族の健康も良くなり、家族から以前はよく聞いていた体調不調や不満の声はかなりなくなっております。
それは、ネコ行を頑張って共に行っていらっしゃる生徒様からも、良い報告を毎日のように頂いておりますので、確信がarimas8u/999933333336 ← ジェルちゃんが打ちました・・・
・・・あります。
私の周囲では、具合が悪い体調不良だという方々がたくさんおりますが、その方々は残念ながら、ネコ活動は拒否され、ネコのことをやったからと言って状況は良くならないと決めつけていらっしゃいます。
それは個人の自由意志ですから、強制は致しません。
ただ、分かることは、自分と実家の家族が以前よりも健康になって若返っている感があるということだけです。
つくづく思うのは、以前の自分は修行が足りなかったから、いろんな問題が起きていたのだな、と振り返って反省しております。
以前の自分は、それでも十分、幼少期から苦労が絶えなかったから、もう苦行は済んでいると思い込んでおりました。
それは勘違いであったと、今、毎晩のお供え行をやっていると思えて参ります。
でも、かなりゴールには近づいてきていると思えて参ります。
2026年の4月から本当の「始まり」の年が始まります。
3月末までに、この苦行をなんとか頑張り切り完成、成就させようと思っております。
すべては必然の学び
地球は魂の修行の星
浮かれた浮世は遠くにあり・・・
地上のすべての存在に、天界の最高最善の愛と光を!














