jupes jupesの日記

Lanai Fukudaのくだらない日々

人間界・・・

卒業生の方とメールでやり取りをしている間に、天界から短いメッセージがあり、

 

すべてに当てはまると、シェアさせて頂きたく思います。

 

「人間界というものは矛盾に満ちあふれていて

理不尽なことだらけです。

割に合わないことも数多くあります。

 

頭で考えてもどうすることもできない時には

天界と天使に助けを求めてください。

 

必ず手界から天使達が舞い降りてきて助けてくださいます。

原点に立ち返って、天界に求めてください」

 

ということです。

 

 

 

12月になりました


12月になりました。

 

今日は朝から12月らしい灰色の低い曇り空と小雨、そして肌寒い空気感、これぞクリスマスシーズンの季節になったと実感する日です。

 

今日は、我が宇宙人の弟の誕生日です。

 

Happy Birthday!My brother!

 

本当は11月30日の真夜中12時前に産まれたらしいのですが、病院の方が手続きが面倒で12月1日とされたそうです。

 

弟が産まれてから、我が家族はこれまでの平和な日々が一転し、穏やかなものが消え去り嵐が吹きすさぶものに変わりました。

(弟は天界から厳しい学びを私たちにもたらすために使わされた鬼です)

 

今ではヤングケアラーという言葉ができたようですが、考えてみたら自分もヤングケアラーであったと思えて参りました。

 

弟が産まれてすぐに父親が、そして兄までもが、入退院を繰り返すようになり、夜も家族がいない日々に夜鳴きが激しく、困り果てて、自分よりも体重の重い弟を背負って夜じゅうあやしながら過ごしていた記憶があります。

 

それ以来、赤ちゃんの泣き声を聞くと辛い記憶がフラッシュバックされて、どうしても子どもが苦手になってしまいました。

 

しかし、弟のおかげで尋常ではない経験を幼少期からさせてもらい、本当に良かったと思います。

 

人生のスタート時点が幸せで豊かな家庭環境であったら、現在の不必要なほど忍耐強く頑強な自分はできなかったと思います。

 

やはり大人になってから挫折したり精神を病んでしまう方々は、幼少期が満ち足り恵まれている環境の方が多いように思えます。

 

それはそれでとっても妬ましいほどうらやましくお幸せだと思うのですが、社会適応能力が弱い感じがして、打たれ弱く一度折れてしまうと再生がなかなかできずに、お気の毒に思えても参ります。

 

それもすべて自分で生まれる前に設定しているものですから、どれが良いとか悪いとか、誰にも判断はできないようです。

 

昨日もふと感じていたのですが、設定の中で、とても恵まれていると見える人、たとえば

 

「裕福な家庭環境、恵まれた容姿、優秀な能力・・・」など

 

普通よりも秀でたものを設定している方々は、

 

その標準の人たちの倍以上

 

「地球に貢献する」

 

から、その代償としてより良いものを頂きます、

 

と宣言している方々であるはずです。

 

普通一般の人たちよりも多くのギフトを頂いているのですから、

 

それを謙虚に感謝して、多くの皆さんに還元しなくてはなりません。

 

世の中を見ていると、成功して華やかな世界にいる方々が、それを当然のように傲慢な態度で振舞っていると、のちに足元をすくわれて落伍していくように見えます。

 

ハイヤーセルフ(真の自分自身、天界に通じる自分自身)が、それではいけない、とたしなめてくれるらしいのです。

 

私自身も他の方々よりも多く頂いている頑強な心身をひたすら感謝し謙虚に生きなければいけません。

 

昨日も、両手両肩に体が沈むほど重たい2匹のネコちゃんを吊るし持って、東京駅から戻って参りました。

 

兵庫県から出戻りで戻ってきた茶トラの兄妹ネコちゃん達です。

 

3年半ぶりに再会した子達は、子ネコの当時の姿の3倍くらい大きくなっておりました。

 

ひとつのキャリーバックに小さい仔ネコを2匹入れて、新幹線で連れて行った時のことが懐かしく思えます。

 

あの日も朝から雨模様で、兵庫県に着いた時はどしゃぶりの大雨になっていました。

 

でも帰る時に、雨が止み、雲の合間には虹が現れて祝福をしてくれていたのです。

 

すべては意味のあることと思い、謙虚に受け止めます。

 

最近は左脳がほとんど機能していない感じで思考がストップしています。

 

嫌な記憶はすべて忘却の彼方に・・・

 

我がエンちゃん方式でいくと、なにがあっても、しっぽをピーンとたかーく伸ばして、ふんふんふんと鼻歌を歌ってスキップしたら、

 

"All is Well "   きっと、うまくいく

(そういう邦題のインド映画を見てしまいました。超楽天的ポジティブ映画でお勧めです)

 

まだ緊張マックスのチャオ君とチャミちゃん

 

せんそうとへいわ

今日は朝から暖かい小雨が降っています。

 

乾燥した大地と空気に穏やかに水蒸気が注がれ、生物がよみがえっているかのようです。

 

地上には感謝の恵みの雨ですが、外ネコちゃんと餌やり人間にとっては苦痛の一日です。

 

雨の降っていない日の夕方は軽やかで天界の祝福のように喜びを感じます。

 

どうということのない当たり前のことを、このネコ活動をするようになってからは、敏感に感じ、感謝できるようになって参りました。

 

何事も苦しみを経験すると、なにもないことに倍以上も喜びを感じられます。

 

天界は私達に当たり前のことが、当たり前でないのだと感謝できるように時々、苦難を与えてくださっているのですね。

 

 

昨夜は録画していた「戦争と平和」の映画を明け方まで観てしまいました。

 

往年の俳優さん達が輝いていました。特にオードリー・ヘップバーンが灰色の画面の中で可憐に虹色に光る妖精さんのようでした。

 

トルストイは私にとって神のような方で、短い寓話や小説の著書は聖書のように拝読させて頂いておりますが、戦争ものは読まずに避けてしまいます。

 

映画の豪華な戦闘シーンも圧巻で素晴らしいのですが、争いや残酷シーンはどうにも苦手で見たくないものです。

 

きっと前世でずいぶん争いの時代を経験しているために、今世ではどんな争いも避けたくかかわりたくないと思ってしまいます。

 

そうは言ってもこの地上に生きている限り、日々、醜い人間の争いに巻き込まれざるを得ません。

 

最近、その争いに巻き込まれてしまった嫌な事件としては・・・

 

つい昨日の晩、15回目位かな?警察に通報され、尋問と調書を取られ、またまた犯罪者扱いをされてしまいました。

 

ことの起こりは・・・細かく述べると長くなります・・・

 

かれこれ7年前ほど、このネコ活動を始める前に、何度も生徒さま方をお連れしたカフェのオーナーさんのことから始まりました。

 

その場所はセラピーをしていた場所に一番近く、こじゃれた外観のカフェで、他にちょうど良いランチのカフェがなかったために、何度も生徒さまをお連れしていたお店でした。

 

しかし、そのオーナーさんはいつも陰々うつうつな表情で、声もしゃがれ声の酒やけか、たばこやけかという声でまるで場末のスナックのママさんのような印象の方でした。

 

そしてやたらと話し掛けてくるのですが、その内容が

 

「お店を始めたばかりだけども経営が苦しい、早くやめたい、どうしたら良いか」

 

と愚痴っているのか、相談しているのか判断がつかないようなものばかりでした。

 

お店の中にネコちゃんが行き来しており、そのネコも気の毒になり、なんとか少しでもお助けしたいと思い、セラピーがある度に、そのカフェに生徒さまをお連れしていたものです。

 

今回、T地区のネコ問題を一年間かけて、させて頂いた最終のところで、そのカフェの問題が浮上して参りました。

 

協力的な自治会長さんが、実はそのカフェで餌付けをしているネコ達はまったく未手術であり、増えてしまっている、お店の裏にネコハウスも設置してあり、ネコを大事にしてはいるようだけれども、ネコは増え続けており、周囲の方々が不安を覚えている、行って話をして欲しい、と依頼をしてこられました。

 

ずっと以前に何度も通っているカフェであり、向こうも私を覚えていると思った為に、お話はし易いと思っておりました。

 

やはりオーナーさんは私を覚えていましたが、ネコのことになると急にネガティブな態度になって参りました。

 

しかし、最後は

「このネコ達がいなければここを閉めたい、できたら全部引き取って欲しい、その前に手術をさせてあげたい」

 

とおっしゃってくださった為に、

 

「大人のネコを引き取ることはできないけれども、まずは手術をしてあげませんか?」

 

ということになり、早速、6匹いるという未手術のネコ用に、6台の捕獲器をかき集めて設置することになりました。

 

しかし、捕獲器を見た途端に

 

「これにネコを入れるのは気の毒だ、時間もない、やりたくない、そっちでやってくれるなら良い」

 

と言い出した為に

 

「分かりました。それではこちらで全部やります」

 

ということになりました。

 

しかし、捕獲の直前になって、

 

「やっぱりそちらの方針と自分は違う、止めて欲しい、自分で時間を掛けてやる」

 

とおっしゃいます。

 

そう言われたら仕方がなく、せっかく設置した捕獲器をすべて撤退することに致しました。

 

しかし、そこにルシファーの横やりがあり・・・

 

他の団体さんからの電話でのアドバイス

 

「夜中に知られずにそっとやったら良い、早くしないと子が産まれてしまう」

 

などと言われ、私もだんだん焦ってきてしまいました。

 

どうぶつ病院も翌日に予約が入れてあり、また今月はその日で最後の手術日となっており、何かにせかされるように、夜中に急きょ捕獲することにしたのでした。

 

餌やりを今手伝ってくださっている方のお車で、とりあえずは3台の捕獲器を持っていき、そっと仕掛けることに致しました。

 

当初の予定では、オーナーさんがいない時間に30分か1時間で、捕獲を試みて、掛からなかったらすぐに撤去しようということにしておりました。

 

しかし、そこにまたルシファーのいたずらがあったようで、お手伝いの方が、

 

「30分くらいでは捕まらないでしょう。自分が夜中の3時に来て捕獲器を撤去するから置いておきましょう」

 

と有難いことをおっしゃってくださったのでした。

 

それがきっとルシファーの誘惑であったのでしょう。

 

真っ暗で誰もいない安全な場所に捕獲器を置いてカバーを掛けてから、また夜中の餌やりを続けていると、携帯電話が鳴り響き、嫌な予感がすると思いながら出ると、あの独特なしゃがれ声で、

 

「あなた!やめてって言ったでしょ!なんで仕掛けたの!」

 

という叫び声がします。

 

まずいと思い

 

「分かりました。すぐに撤去します」

 

というと誰かに代わり

 

「警察のものです。すぐに来てください」

 

とあります。

 

なぜに警察が、と思いました。

 

撤収しろと一本電話をすれば済むものを、同じネコのことを思って活動をしているものをわざわざ警察に突き出して犯罪者扱いしようとは・・・

 

私の活動ができなくなったら困るのは、その方と、ここの地域の全員でしょう。

 

こんなに面倒でしかない、ネコの捕獲作業や餌付け作業など、ネコ好きであっても、この6年間でやりたいと現れた奇特な方などめったにいません。

 

皆、ネコが好きだとか言いながら、嫌なこと、汚れることはいっさいせず逃げていきます。

 

そして責任を全部押し付けて参ります。

 

こんな嫌なことをさせられている私を陥れて良い結果になるはずがない、なんと浅はかな行為!と憤りながらもう一人の方と現地に行き、捕獲器を撤収することに致しました。

 

現場に行ってみるとぴかぴかと回りながら光る赤いライトとサイレンの響くパトロールカーの周囲に制服警官5,6人、私服警官4,5人と、まるで大事件でも起きたかのように、ずらりと一列に並び、犯人である私を待ち構えておりました。

 

どすの効いた声の主のオーナーは

 

「待ってたわよ」

 

と極道の妻のような風体で仁王立ちしており、私をあご先で警察に突き出しました。

 

私は常に冷静な心持で、警官達に

 

「では警察署でことの成り行きを話します」

 

と言って、本署に赴きました。

 

そこではまるで犯罪者のように

 

「刃物は持っていない?」

 

と身体検査をされ、写真を取られました。

 

反省しているように見せかけながらも、これまでの活動をすべて話し、どれだけ小平の飼い主のいないネコ達を救ったか、そして警察を含む、行政は何もしてくれなかったかを洗いざらい話しました。

 

向こうはそんなことは一切聞いてはおりませんでした。

 

彼らは通報されたことだけにフォーカスし、その点だけを反省しろと責めて参ります。

 

それは想定内のことです。しかし言いたいことは言ってやろう、ただでは起きんぞ!と思い全部話してすっきりと致しました。

 

遅い時間になると待っているネコ達も気の毒な為に、反省した振りをして、反省文を書き、わざとらしく頭を深々と下げて撤退して参りました。

 

最後は、門までたくさんの警官が降りてきて、私達を誘導し、なぜか全員で頭を下げて見送ってくださいました。

 

私は、警察に呼ばれても捕まっても、なにも感慨がなく感情も動揺すらしません。

 

罪を犯しているようなやましいものがないため、堂々と振舞ってしまう為に、余計に警察官を苛立たせてしまうかも知れません。

 

10人くらい現れた警察官のほとんどが、制服を着ていなかったら、だらしない知性のかけらもないような人ばかりに思えます。その中でも最悪な男は、シャツがズボンから半分だらしなくはみだし、メガネがずれ、髪も汚れてあぶらぎっておりました。その男が、私を人差し指を突き出し、「お前な~悪いと思ってねえだろ?」と口汚くののしった為に、こちらは冷静に

 

「人を指差したり、お前呼ばわりをなさらないで頂けませんでしょうか?」

 

と低音で制すと、部長と呼ばれていた、その男は怒り心頭になって我を忘れて意味不明の言葉を叫んでいました。

 

その姿は部長という肩書がなければ、まるで薬物中毒で挙動不審になってバタバタと警察署で暴れている男のように見えました。

 

警察とは、落とし物を探す時(先日携帯電話を失念して落としていたようで、お届けしてくださった方がいらして、警察署に届けてくださっていた為に助かりました。これは感謝です)と道を聞く時(あまり役にも立たないかも)以外は、存在が必要ない気がします。

 

これまでもネコ関係で、無責任飼育をしている家のことなど、何度も民事の部門に相談に行っても、いっさい結果がでず、虚しい徒労に終わってしまいました。

 

皆、なぜかよれよれの制服がはち切れそうな位にふくよかな体形を保っており、そこに押し込めているものは、やくざのように目つきの悪い容貌と威圧的な言動と態度です。

 

誰かを脅すために呼ぶのは良いかも知れません。なぜかというと警察に110番通報すると、たいていは10人ほどの警官が自転車やパトロールカーであっという間に集まってくるからです。

 

この方々、他にすることがないのだろうかと思うくらいにもれなく集って参ります。

 

ずっと昔から警察には良い印象を持っていなかったのですが、ネコ活動をするようになってから、政治家と警察官にはますます不信感が募ります。

 

今回の顛末は、嫌な気分にさせてもらいましたが、大きな負のものを浄化できたかも知れず、有難いと感謝に換えます。

 

そのカフェのネコちゃん達のことは、もうやらなくて良いと天界が労って止めさせてくださったに違いない、と思うことに致します。

 

そのネコちゃん達には天界の天使達を派遣致します。

 

天使のうさぎ先生

 

ネコのこと・・・続きの続き・・・

 

21日に、T地区で保護された黒ちゃん5兄弟姉妹の最後の一匹の黒ちゃんが、晴れて人の家族として卒業していきました。

 

最後に残った子は、とても優しく大人しい静かな、かつ懐っこい良い子でした。

 

しかし、途中からなぜか血尿が出るようになって心配されましたが、徐々に良くなり、もらわれていく時には、こちらに来た当初より2倍以上の大きさとなり元気で健康体になっておりました。

 

最後に残った子は、アピール下手で目立たず、もらわれていくまで時間が掛かりましたが、実は一番、扱いやすい良い子でした。

 

でもきっと皆、もらわれていく方々に強いご縁があるのでしょう。

 

連れて来られた最初の日は、ケージの柵に頭が通ってしまい、全員脱走してケージの下に潜り込んでしまったとか、倉庫に全員入り込んで、大騒動になったとか、いろいろとアクシデントはありましたが、今となっては懐かしく、感慨深い思い出となりました。

 

最後の黒ちゃんは、世田谷の欧風なメゾネットにお住まいのまだお若いご夫婦の娘となりました。

 

さわやかなお若い方々ですが、とってもしっかりとした受け答えのできる、真面目な方々であり、安心して黒ちゃんをお任せできます。

 

お届けはこの度もHさまご夫妻の搬送で、気持ちの良い暖かな晩秋の一日を、紅葉の並木道をドライブしていただき、幸せな門出の日となりました。

 

認定書と共に



 

 

ネコのこと・・・続き

破産した養豚場から、連れてこられた茶白の「チャー君」をおおにし動物病院さんで検査していただいた結果、やはり腎臓の数値がかなり悪いと分かりました。

 

年齢は3歳から5歳くらいと言われましたが、腎臓に関しては高齢のネコの値であるそうです。

 

やはり養豚場でずっと豚さんの餌のお裾分けをもらっていたせいでしょう。

 

養豚場の豚さんの餌になるものは、たいていがレストラン、食品工場やコンビニエンスストアからの廃棄食材が養豚場に集めてこられるもののようです。

 

その豚さんの残りものを、オーナーさんが、そこに居ついてしまったネコちゃん達に与えて続けていたのでしょう。

 

塩分が強い人間の食べ物を食べていたネコちゃん達は、皆、きっと皆腎臓が悪いに違いありません。

 

しかも雨風吹きさらしの畑の真ん中にいるのです。

 

そう思うと心が痛みます。

 

ただ、今は毎日餌やりさんが通ってキャットフードと水を与えてくださっているようです。

 

一匹でも助けてあげたい、というボランティアさんの思いで、チャー君はやって参りましたが、果たして腎臓の悪いレッテルが張られているネコちゃんが、家ネコになれるかどうか・・・

 

思考がストップしてしまいます。

 

あとは天界にゆだねるしかございません。

 

ネコちゃん達にはまったく罪はありません。

 

そして養豚場のオーナーさんはネコちゃん達にはとても優しい親切な方であるそうです。

 

しかし、長年無責任にネコちゃん達に残飯の残飯を無責任に与え続け、増え続けているネコの数を見てみない振りをしてきたのです。

 

優しさが結果的にはネコちゃん達の悲劇を招いた結果となりました。

 

オーナーさんが自己破産をしたのは、精霊界のお叱りを受けたからでしょう。

 

こちらに来たチャー君はまだ恵まれているのかも知れません

 

最近のネコのこと 

今日は雨の一日です。

 

外ネコちゃん達も餌やり人間も辛い日です。

 

でも一日一回のフードを雨の中で健気に座って待っている子達を思うとなんとしてでも行ってあげようと奮起致します。

 

最近起こったネコ関係のこと・・・

 

新しいものから・・・

 

昨晩、部屋の戻ってみると、キャットタワーの横で大量に吐いてあるものを見つけ「ジェルちゃん!」と思わず絶句致しました。

 

エンちゃんはめったには吐かず、吐くときはマナー良くトイレの中に発してくれるからです。

 

ネコですから吐くのは仕方がないけれども、なぜにこんな拭きづらいところに!とぶつぶつ言いながら、ようやく跡形もなく、というより前よりもきれいになったキャットタワーに満足していると、その犯人であろう、ジェルちゃんがぐったりとした様子でおりました。

 

エンちゃんまでが、しょんぼりとした様子で、いつものようにおやつを要求することもなく、遊んでくれとも騒がず、クローゼットの中でくっついて寝込んでしまっていました。

 

その後、夜中に何度も辛そうにジェルちゃんは吐き、その吐いたものを見ると、またしても・・・ベランダに敷いてあったクッションマットのかけらがいくつも転がっていました。

 

長さは2センチほどで、結構な大きさです。

 

以前も2回ほど、そのマットをかじって飲み込んで吐いていたことがあり、またしてもやられてしまった、と後悔し切りです。

 

我がうさぎ先生も、まったく同じ癖があり、うさぎ先生がジェルちゃんに入っていたずらをしているかのようです。

 

今回は、これ以上やられないように、マットの周囲で飛び出ている部分をハサミで切り落とすことに致しました。

 

夜中に数回吐いた後、朝はジェルちゃんはぐったりとしており、水ばかり飲んでいます。

 

大天使ラファエルに無事を願い、たぶん、もうすべて吐き出されている、と聞こえた感じはしていたのですが、今回ばかりは大事をとって動物病院で診てもらうことに致しました。

 

しかし、休日でもやっているとうたっていたいきつけの動物病院に何度電話をしてもつながりません。

 

しかたなく、少し離れた以前お世話になった動物病院に電話をするとようやくつながり、予約を取ることができました。

 

しかし、結構な雨の中で自転車ではジェルちゃんが気の毒であり、またまたHさまに搬送をお願いして、ご親切にも病院までお連れ頂きました。

 

まだ若い女医さんが触診してくださると、ちょっと固いものがあると言われ、レントゲンと一部エコーを撮ってくださいました。

 

その結果は完全ではありませんでしたが、大きな異常はなさそうでした。

 

もっと詳細なエコー動画を撮るには、お腹の毛を剃って数時間かけて検査をしなければならない、と獣医さんに言われました。

 

検査の間、臆病で小心者のジェルちゃんは震えながら辛そうに泣き叫び、これ以上はかえってジェルちゃんを違う病気にしてしまいそうであったため、あとは様子を見ることに致しました。

 

部屋に帰ってくると現金なジェルちゃんは何事もなかったかのようにちゅーるを食べ、毛づくろいを始めました。

 

エンちゃんは昨夜から、ものすごくジェルちゃんを気遣い自分まで病気になったかのように静かにおりこうさんでおりました。

 

エンちゃんはジェルちゃんが来てから、自由奔放で甘えん坊の妹の面倒をよく見る、忍耐強い長女のようになってきたと思います。

 

しかし、エンちゃんは、そんな妹に私の注意を取られ、愛情不足か、ストレスを感じているようで、毛を異常なくらいに舐めて剥げてしまっています。

 

本当にエンちゃんとジェルちゃんを見ていると、人間の姉妹の成長を見ているようであります。

 

長女エンちゃん頑張れ!

 

ジェルちゃんも大事に至らなくて良かった・・・開腹手術もありえる、と獣医さんに言われました・・・

 

続く・・・

ジェルちゃんを思いやるエンちゃん

かじったかけら

 

茶白君のこと

今日も11月らしい穏やかな朝から始まりました。

 

明日は雨の予報ということで・・・

 

(ああああ・・・人もネコちゃんも雨はつらいですね。餌やりが困ります・・・雨はすべての生命にとって必要ですが、ネコ並みに雨嫌いになりつつある今日この頃・・・)

 

今朝は朝から思いっきり洗濯と、そしてひと月に一度の台所の換気扇のクリーニングを致しました。

 

調理に油は使わないため、それほど換気扇は汚れないのですが、それでも気になります。

 

(いろんなお宅や料理屋さんを見ると、たいてい、換気扇がかなり汚れています。ずっと考えているアイデアとして、換気扇内部を耐火性の段ボールで作って、一か月に一回丸ごと取り換えらる商品開発できないかなー、これって換気扇掃除が嫌いな人が多いですから、ものすごく売れると思います。ただ、開発する資金が必要です。大手の段ボール会社さんに作ってもらえないかな~、と漠然と夢見ております・・・)

 

 

そして、料理と関連しているわけではないのですが・・・

 

この度、こちらにご縁があってやって来た茶白君のことですが。

 

この子は、破産した養豚場で増えてしまったネコちゃん達の一匹であるということです。

 

その場所は、もしかしたら、私が小学校一年くらいの時に、課外授業のひとつで、養豚場に行って、生物画を描くというものがあった時に、行ったところではないかと思い出して参りました。

 

たしか一年生か、2年生の時だったと思います。

 

ピンク色の小さな子豚さん達が、横に寝そべっている母豚さんの大きなお腹にずらっと並んでおっぱいを吸っている様子を、肌色の絵の具をふんだんに使い、大きく描いた絵がしばらく家に残っていたものです。

 

その当時は、ただ牧歌的な風景の中で、可愛い子豚さん達とお母さん豚さんがたくさんいる、という思い出だけでしたが、その子達の行く末など考えておりませんでした。

 

しかし、私はなぜか生まれつき、食肉を受け付けられず、豚さんを食べるものとは考えられませんでした。

 

小学校に入るまでは、好き嫌いを許されていましたが、張り切って小学校に入ると最初に受けた洗礼が、給食でした。

 

給食では、脂がたっぷりのポークスープが、アルミの容器になみなみと注がれ、やはりアルミの平らなお皿には、にチキンのから揚げに、ひき肉たっぷりのハンバーグに、と目の前に素晴らしく栄養たっぷりの豪華なディッシュが、連日のように提供されたのでした。

 

栄養士さんが育ちざかりの児童のことを考え、カロリーを大人の倍にし、計算し尽くした献立です。

 

普通の児童なら喜んで食べるのでしょうけれども、それを食べ物と思えないものとしては、地獄の拷問のような時間でした・・・

 

出された肉料理には手を付けられず、ただ、黙ってじっと見つめていると、あっという間に掃除の時間になってしまいます。

 

当時の教育では、食べ物はすべて残さず食べること、残すことは悪いこと、許してはいけない、罰を与えらえる、というものでした。

 

私はいつもアルミスプーンを手に持ったまま、静止画のようにそのままじっとお皿の中の肉の塊を見つめたまま固まっていました。

 

意地悪な同級生たちは皆、私をからかい、そしてわざと周囲でバタバタとホコリを立てて掃除をし始めます。

 

教師も定年間近の意地悪な鬼のような顔をした女教師で、「食べ物を無駄にすると罰が当たります!食べなさい!」と肉を掴んで私の口にねじ込む勢いで食べさせようとしました。

またこまっしゃくれた女子児童など、

「戦争が起きたら食糧難になるのよ!そんなわがままは言ってられないでしょ!」

と優等生ぶって教師に迎合し、横でごまをすっていました。

 

戦争など起きたら食肉など最初になくなるだろうな、とは思いましたが・・・

 

しかし、結構私も頑固であり、口を固く閉じたまま動こうとはしません。

 

以前、うちにいたうさぎ先生も、口の前にミルクでできた(犬用)歯磨き棒をかじらせようとしましたが、唇を開いても大きな2本の前歯を固く閉じてがっちりと口をガードして絶対に開きませんでした。

 

うさぎ先生と私の頑固さは一緒です。その様子と似ていたかも知れません。

 

午後の授業が始まってしまう為に、業を煮やした教師は、ため息をついて、「もう良い」とそのほこりまみれで乾燥して固まっている肉の塊を、残り物を入れる大きなアルミ缶に放り込み、私に冷たい一瞥を与えてから授業を始めるのでした。

 

そんなことが毎日のように繰り返され、私はすっかり教師にとっては我がままな問題児いうレッテルを貼られ、通信簿にそれが反映されていたようで、非常に悪い評価と、最低点を付けられていました。

 

しかし、私も徐々に共同作業というものを学び、ずる賢くなってくると、給食の時間は、大食漢の子にそっとお皿ごと、あげてしまうという裏技を身に着けるようになってきて、6年間をやり過ごしたのでした。

 

貧しい国の方々にとっては、飽食の国の贅沢なことでしたが、食べることに恐怖を覚えるようになってしまい、小学校を卒業する時まで、身長は前からいつも2番目で体重も20キロ台という発育不全のような姿になってしまいました。

 

小学校を卒業すると家が引っ越し、中学はより田舎方面になり、生徒達は、素朴で優しい子達ばかりでしたので、あまり給食の時の意地悪がなくなったのでした。

 

おかげで、もっと自分を出せるようになり、急激に身長が伸びたのです。

 

最近、ある若い生徒さまも、私と似たような地獄の給食の犠牲になって腸の病気を発症してしまったということで、リンクしていると感じておりました。

 

 

そんなことを、今回の茶白のチャー君のおかげで思い出して、昇華させて頂きました。

 

あの養豚場は、破産に追い込まれたのでしょう。

 

養豚場がある間、そこに棲み付いていたネコちゃん達に、優しい(?)オーナーが豚さん用の廃棄食材をネコちゃん達にも与えていたようです。

 

ボランティアさんによると主にパンの耳をネコちゃん達は食べており、そこにちょっと安いキャットフードを与えてもらって生き延びていたようです。

 

もちろん、不妊去勢手術などいっさいされておらず、どんどん増えては栄養状態が良くないために、次々に死んでしまい、ネコ数はそれほど多くはなかったようです。

 

しかし、常にネコちゃんの数は20匹前後はいたようで、それに気付いたご近所さんの依頼を受けた、いつもお世話になっている埼玉県のボランティアさんが、TNRに入ったようです。

 

そして、多くの若い餌やりさんも現れるようになり、パンの耳の廃棄食からはネコちゃん達は逃れたようなのでした。

 

しかし、今回、突然その養豚場は破産に追い込まれて廃業することになり、そこが他人の手に渡ってしまったら行く場所がないネコ達をどうするか、ということでボランティアさんは頭を抱え、とにかく少しでも数を減らしたいということで、こちらに一番慣れているという茶白君がやってきたのでした。

 

その茶白君は多飲多尿であり、塩分濃度の強い人間の廃棄食を食べ続けていた為に、腎臓を悪くしている疑いがあります。

 

もう少し慣れてきたら動物病院に連れていって検査をしてもらい、何かしら治療をしないといけません。

 

残っている他のネコちゃん達も同じだと思うと心が痛みます。

 

日本人が古代の農耕民族であった時のように、野菜や穀物中心の食生活になったら、畜産業が不要になるのに、とまた夢見てしまいます。

 

幼少期から、周囲は私のことを我がままで肉を食べないのは良くない、健康に良くない、と散々言われてしまっておりましたが、自分でいうのもなんですが、周囲の誰よりも病気知らずであり、身長も平均レベルには伸びたのでした。

 

肉を食べていらっしゃる方々を悪いとは思いません。むしろ、もう犠牲になって死んでしまった動物さん達に対して敬意を示しながら感謝して頂くなら、良いことと思います。

 

時代は過去回帰であると思います。

 

畜産業は徐々になくなっていき、どうしても肉が食べたい人は、狩猟で獲った肉を提供する時代が来るように思えます。

 

いつも思うのですが・・・

 

都会にも食肉になる動物があふれていると思います。

 

害獣と言われる、アライグマ、ハクビシン、カラス、ドブネズミ、時にイノシシ、タヌキ、ちょっと郊外に行くとシカなど、狩猟をして食べてあげたら良いのに、と思ってしまいます。

 

どうしても肉食を必要とする方々は、その肉を食べたらどうだろう、と思うのです。

 

キャットフードもその肉でも良いかな、と思います。

 

また畜産肉が減っていけば、おのずと外ネコちゃん達も減っていくように思えます。

 

魚の方は、どうだ、と言われてしまいますが、自然界の海や川の魚だけは捕りすぎなければ、それで良いように思います。

 

自分のことを言うのもなんですが、実は魚もほとんど食べずに生きております。それでもなんとか栄養は足りているようです。

 

車でいうなら低燃費のハイブリッド様式車かも知れません。

 

せっかく畑の多い小平に住んでいるため、また畑を借りて野菜穀物作りに挑戦したいな、と夢見ております。

 

食糧難の時代に合わせて、皆が粗食になり、できたら自給自足になったら、いろんな問題が解決していくと感じます。江戸時代は良かった・・・かも・・・

 

チャー君がメッセージを運んできました。

 

 

 

頑固な怪獣

小さいけれども頑固でした

 

サイ君もカバ君も菜食主義です。でもあんなに頑丈です。