jupesjupesの日記

Lanai Fukudaのくだらない日々

ライト・ワーカーとブラック・シープ

先日、クライアントさまとお話をしていたことを振り返りテキストに一部、要約してみました。

 

そのクライアントさまは、社会でとても活躍をされていらっしゃる方です。

 

社会で大いに活躍する方の裏では、必ずと言っていいほど、ご家族の中に、その活躍に暗雲をもたらすような

 

ブラック・シープ」と呼ばれる「やっかい者」が存在するようです。

 

芸能界などをちらっと見ていても、そうですよね。

 

突出して活躍し、世の中を元気づける役目を持つエンターテイナーの方々には、その名誉名声を汚すような身内のものが一人は存在しているようなのです。

 

そのことを隠している方も多いでしょう。

 

反対に思いっきり、身内の恥をさらし、負の存在をあからさまにして、共感を呼び、同情を買い社会的地位をあげ一般の方々から支持されている方もいらっしゃいますね。

 

どちらかというとその方が、さっぱりとさわやかな印象を受けます。

 

活躍する方でも、その裏の顔に悲劇的な要素を持つ、という万人の心に訴え、親しみを覚えていただく、という共感共鳴を頂く戦略もあるのでしょうね。

 

親しみを覚えた有名人では作家で作詞家の故・R.N.さんがいました。

 

あまり作品にはうといのですが、書いていらしたエッセイの中で、実の兄のやらかしてくれた数々の不名誉な裏切り行為のことが、心に響きました。

 

ある文章では「兄を殺したいと思っていた。死んでくれて心底ほっとした」というようなものがありました。

 

かくいう私も同じような思いを毎日毎日、実の弟に対して何百万回も思っていたものですから、「よくぞ言ってくださった!」と称賛していたものです。

 

しかし、R.N.さんに関しては、実のお兄様が一族の負のものを吸い取ってくださっていたとみておりました。

 

R.N.さんが活躍すればするほど、反比例してお兄さまが、ひどいことをしでかしてくださり、一族のバランスを取ってくださっていると感じておりました。

 

分かりやすいことに、お兄さまが亡くなった直後にR.N.さんはひどいがんにむしばまれていらっしゃいました。

 

私のような、特に世の中で活躍するほどの者でない人間に対しても、天界は、「天界のことをする代償」として弟をブラック・シープ(一族のやっかいもの)として派遣してくださり、私を大いに磨いてくださいました。

 

 

以下、「天界のアース・スター&アース・エンジェル」テキストからの一部抜粋です。

 

けっこうダラダラと書いています。

 

最後の方の社会貢献をすればよい、というところで、私の場合は、弟の面倒を見る代わりに、猫の面倒を見る、になりました。

 

弟のことで心身が疲れ切るよりも、可愛い罪のない無邪気な猫の面倒を見ることの方が、よほどまし、とほっとしております。

 

何かを得るためには、何かを失う、という天界の法則があるようです。

 

・「偉業を成し遂げようとする者の身内には必ず、相反する役目をするやっかい者が存在する」。

 

両者とも、ライト・ワーカーであり、アース・エンジェルであり、アース・スターである。

 

ある者が、地上である偉大な使命をまっとうしようとする時、天界の大いなる特別な力が与えられる。その代償として家族の一人が犠牲者となる。

それは一族のバランスを取るための作用である。

突出して秀でたものには、それを引きずり降ろそうとするような真反対の負のものが必ず必要とされるからである。

偉業を成し遂げようとする者は、生まれる前に天界において、一族の代表になる、と自ら宣言し、立候補をしたライト・ワーカーである。やっかい者、つまり犠牲になる者も、同様に生まれる前に、自ら立候補し、宣言をしたライト・ワーカーである。

しかし、両者は両極端な働きをする。

偉業を成し遂げようとする者とやっかい者、つまり犠牲になる者は、まったく相反する性質を持つが、両方がお互いに必要とし、殻におさまり一つの卵として完成する黄身と白身のような「ツイン・ソウル」なのである。

偉業を成し遂げるものは、社会で華やかに活躍し認められて成功する。その活躍には、その者に期待をして大いにサポートをしてくれる先祖たちのエネルギーも働く。しかし、その者が活躍すればするほど、反比例するように、やっかい者と呼ばれる犠牲者は、あらゆる問題を起こし、その名誉を汚し、引きずり降ろそうとする。

活躍する者に中には、天使の力も働くが、同時にエネルギーをもたらすルシファーの力も加わる。

その反対の邪魔をするやっかい者の中にも、天使の力も、ルシファーの力も同様に働くのである。それは、活躍する者が、感謝を忘れ、傲慢にならないように、ストップをかける役目も果たしている。

また、そのやっかい者が試練と学びを与えてくれる為に、活躍するものもそこから刺激を受けて、それを社会で活用できるという良い作用ももたらしている。

一族のやっかい者の中と呼ばれるものは、本来はとても繊細で気が弱く、家族思いの性格を持つ。しかし「ルシファー、鬼」が憑依する時、その人の本来の性質は凍結したようになり、恐ろしいほどの形相で、目つきが変わり、その口からは、「お前のせいで、こちらはこうなった」というように、活躍する人の罪悪感を刺激し全人格を否定するような暴言を吐き続けるのである。更には、活躍する人の邪魔をするような行動を取ったり、その人の名誉を引きずり下ろし、汚すような社会悪となるような行動をする者もいる。

すべては、天界の計画のもとで起こる作用である。

それは、ライト・ワーカーである者が、逃れられない身内の学びによって磨かれ、更にもっと社会で活躍する為のものである。そして、相反する邪魔なやっかい者の行為は、反比例するようにますます酷くなっていく。

 

その対処方は、どうすれば良いか。

 

まずは、やっかい者の言動には、活躍するものの心に引っかかる、多少の意味があることを理解する。そして最初に、やっかい者の望むものをでき得る限り、大いに与え、望みを叶えてあげることである。

しかし、やっかい者は、なにを与えても、望みを叶えてあげても、まるで砂漠に水を撒くかのごとく、更にもっともっともっと、と乞い願ってくるであろう。

やっかい者の中には、「ルシファー・鬼」が憑依しているために、どんなに与えても、それが地獄の底なし沼に、吸い込まれるかのように一切、満足をしない。そのやり取りはまるで永遠に続くかのように、虚しい相互作用に思えてくるであろう。

やっかい者の依存と欲求は、永遠に満足しない魂と陥っている為に終わり無き不満なのである。

 

それを最後に止めるのは、活躍するライト・ワーカーの勇気と決断力である。

活躍するライト・ワーカーが、やっかい者の望みに対して「できる限り、やれる限り、すべてをやり尽くした」と、魂が200%くらいに満足し切った時、それは活躍する者の方から、やっかい者に対して「終わり」を告げられるのである。

 

それを中途半端では終わってはいけない。途中であきらめてしまったら、両者の魂が満足せずに、他のことでもっと酷い学びの試練が待っている。

 

活躍する者の魂が、うんざりするほど、やり尽くし、疲弊し、もう十分であると訴えてきた時に、その相互関係は終わりを迎える。

 

そして、活躍する者の次なるステップアップが待っている。やっかい者に使っていたエネルギー、つまり時間やお金をすべて地球への貢献に使うのである。

 

やっかい者の満たされない欲求を叶えることは、乾いた砂漠の砂にかける水のごとく、終わりのない見返りのない、虚しい作業であったものが、次なる社会貢献では、大いに感謝され賞賛され、天界からは祝福を受けるのである。

その時を決めるのは、その人次第である。

そしてその人生を終えて天界に戻った時、両者のライト・ワーカーは人間界を卒業し、共に天界の「エデンの園」に帰ることができるのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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うさぎ先生はお元気かな?