jupesjupesの日記

Lanai Fukudaのくだらない日々

過去回帰・・・

1月17日

 

今日は震災の記念日です。犠牲になられた方々の魂と痛んだ土地に天界の愛と光を

 

時がスピーディに過ぎ去って参ります。過去を振り返り、学びに反省と修復の日々です。

 

仔猫達も巣立ち、ようやく心身に余裕が出て参りました。

 

あとは大人猫3匹。

 

仔猫と違って、あどけない無邪気な時期は過ぎていますからあとは、大人の魅力をアピールし、もっと慣らしてからじっくりと最高の家族を見つけてあげたいと思います。

 

去年から今日まで落ち着いて座っている時間もほとんどなかった為、今日くらいは自分を甘やかせてゆっくりしようと思いました。

 

先日の猫ちゃんのお届けの際に、Hさまの奥様とお話していて、お互いの共通点を見つけては喜んでおりました。Hさまの奥様も私と同じ潔癖症と呼ばれるほどの清潔好きで完璧主義者であり、間違うと、強迫性を持った完璧主義に陥り、更に行き過ぎると、自分自身も周りをも苦しめてしまう病的なものになりがちです。Hさまの奥様も掃除をしなくて良いお家に住みたいとおっしゃっていました。同感です。私が自分のセラピールームを持つのを止めたのも、同じ理由です。毎日の掃除に3時間も掛かってしまい、心身が疲弊してしまっておりました。

 

Hさまのお宅もモデルハウス並みのきれいさです。

 

今は、汚すのを仕事としている猫のおかげで延々と終わりのない、片付けと拭き掃除をふと、諦めて手放すことを自分に許すことができるようになって参りました。

 

いろいろと過去を振り返ってみると「潔癖症候群と強すぎる責任感」が始まってしまったのは、小学1年生の頃からでした。

 

小学校1年生の時に定年間近と見られる、いかにも怖そうな強面で神経質そうな高齢の女性教員が、クラス担任となり、その教師から私は異質で特別指導が必要な児童と見られてしまい、最初から目を付けられ、低い評価と扱いを受けていたのでした。

 

私は幼少期から、人の気持ちや身体の具合が自分の身体に移ってきて、その人の内側を察してしまう、という霊的特異体質を持っておりました。

 

そこで小学校入学の初日から、担任教師が現れると、私の内臓が痛くなり「この先生は重い病気」と感じてしまったのです。すぐに同情してしまい、休み時間になると早速、教員室に行って「先生大丈夫?」と声を掛けてしまったのです。その小学1年生らしからぬ生意気なしゃべり方と態度に激昂した女性教師は私に向かって「お前はなんだ!うるさい!あっちに行け!」と殴り飛ばさんばかりに、迫ってきて大声で叱り飛ばしてきたのです。その予想もしなかった罵声にショックを受けた瞬間から、声が詰まって出なくなるという言語障害が出るようになってしまったのでした。それからというもの、中高年の女性がいると恐怖で足がすくみ、挙動不審にもなりおかしな言動になるというおまけがついてしまいました。その教師からの嫌がらせはずっと続き、担任であった2年間の通信簿には散々なことがつづられっぱなしでした。すべての評価に低い点を付けられ、備考に「いつもぼんやりしている。無責任な生徒」と記入されていたのです。その通信簿を毎回見る度に、母はとても落胆していました。そして「うちでは賢いし、責任感があるのにね。いつかあなたのことを正しく評価してくれる人が現れるから気にしないように」と慰めてくれ安堵しておりました。(しかしいまだに評価されていません・・というより努力が足りない・・・)しかし、その教師が、私に「無責任」というレッテルを張ってくれたおかげで、いまだにトラウマにもなっていますが、ものごとに責任感を持つ、最後までやり抜くという原動力になってもいます。

 

そんなことをいろいろと振り返っておりました。

 

 

過去を振り返る、ということのひとつで、昨年の暮れに、ふと深夜につけたTVで昔のドラマがやっていたことで思い出したことがあります。

 

そのドラマのシーンを観て、あの時の・・・と思い出したのです。それは学校が終わってすぐ近くの交差点を渡っていた時、こちらに向かって横断歩道を渡ってくる男性がいました。その方は遠くから見ても、分かるほどの巨大なオーラをまとっておりました。

 

その男性は、よれよれ伸びきった上着を無造作に着て、手には何も持たずにズボンのポケットに片方の手を突っ込み、少し下を向き、サンダル履きの足で大股に歩いてくるその人は、すいていない髪を自然に風になびかせている頭は、他の歩行者よりも頭ひとつ飛び出て目立っておりました。下を向いている顔でも、眼光鋭い目は只者ではない光を放っているのが印象的でした。少し間違えると、近寄ると危ない目に遭わせてくれそうな反社会的勢力の人か、と思わせるような危険な魅力を放っておりました。すると歩道に、その人とはまったく正反対の透明感のある無邪気な笑顔の可愛らしい女性が、思いっ切り手を振っていました。

この人達は一体?と思っていると、「ハイ!OK!カット!」という声が響きました。なんとテレビドラマの撮影の中に私も入っていたのでした。

 

その頃も、ほとんどテレビドラマを観ていなかった為に、そのドラマのことはよく知りませんでしたが、今回、深夜のドラマでそのシーンがあり、それが「愛していると言ってくれ」という、聴覚障害の画家役の豊川悦治さんと新人の常盤貴子さんの感動ドラマであったと分かりました。今回、初めてそのドラマを観て見入ってしまいました。あちらこちらの感動シーンで、DREAMS COME TRUE吉田美和さんの歌が流れます。また吉田松陰の呪いか・・・しかも、ドラマの年が震災の年であったのですね。。。お二人ともやはり一般人とはまったく違う輝く強烈なエネルギーを放っていらっしゃいました。その後のご活躍は皆さんが知る通りです。

 

意図せず、メディアに入り込むという体験はしばしありました。

 

いつであったか、私は原宿の竹下通りをふらふらと歩いておりました。その頃、国連のボランティアをしており、外国と日本の子ども達にお土産を買おうと思い、若い子が好きそうなグッズを求めて、その辺りを歩いていたのです。すると視線の中にいきなり、ヴァンパイヤーの黒マントのようなものが入って参りました。その巨大マントを風にたなびかせている方の髪の毛は腰まで届くようなブロンド金髪で、黒いサングラスを掛けた顔はよく見えませんでしたが、ちょうど私の行く道を阻むように闊歩し、かなり歩行の邪魔となりました。このマントが邪魔なおかしな男は宣伝か何かかな、と思っているとあちらこちらから「ギャー!」という耳をつんざくような悲鳴にも似た女性達の声が響き渡り、その内に、その女性達の大群が押し寄せてきて、通勤電車のラッシュアワーのような状態になってしまいました。立ち往生をしてしまい、しばらくは身動きができず、波をかきわけるようにし、ほうほうの体で、かなり時間を掛けて脱出したのでした。

 

そのことをすっかり忘れていた時、受け持っているクラスの生徒が廊下の向こうからやってきて、冷静な口ぶりで「先生、X-JAPANのミュージックビデオに出演していますよ。動じないで歩いているからすごい目立ってます」と言われ愕然としてしまいました。あの金髪のヴァンパイヤーのようだった男性はYOSHIKIさんという方だったようです。(YOSHIKIさんとはご縁があったようで、その後、ちょっとお手伝いをした催眠療法スクールの事務所は元YOSHIKIさんの事務所であったところだったそうです)

 

そんなことをいろいろと思い出し、振り返りすべては意味のある出来事であった、と反芻し味わっております。

 

 

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