私は天邪鬼であり、どうも世の中に流行っているものが好きになれません。
風水的なものでも
「○捨離」とか「○○お片付け」などという言葉を見掛けるとついイラッとして反発したくなります。
天界のマスターによると、すべての物にはエネルギーがあり、また魂も宿るそうです。
家の中の邪魔になるから、目障りだからと言ってむげに物(または人も)捨て去るのは、どうかな、と思います。
また片付ける、という言葉も、物(または人も)軽んじているようで、気に障る言葉であります。
豊かな日本人ゆえに、その時の気まぐれでも物(または人も)を手に入れて、軽い気持ちで捨てられるのでしょう。
それで、天界のマスター達に良い言葉がないか伺っていたところ、「お想慈(そうじ)」という言葉がふと聞こえて参りました。
たしかに、掃除をしている時は、「無」になり瞑想状態になります。
またひとつひとつのものに対して慈しみの気持ちを持ってきれいにすることは素晴らしいと思います。
私は以前から、もう不要になった物は、なるべく必要な方々に譲るようにしております。容赦なく捨て去るのは簡単ですが、それでは物に対して失礼であるし、自分には今必要はないけれども、それが必要な人もいるはずで、そんな方々に譲ることで、物も喜んで自分から卒業してくれる気がするのです。
皆さんにもできる限り、リサイクルをしたり、リメイクをして不要な物でも活用するようにお勧めしております。
でも、こんな風にいろんなことを細かく思えるようになった自分は、やはり年を取ったせいかな、とも自虐的に苦笑いしてしまいます。
たしかにずっと若い頃は何も考えずに、皆が良いというものは良いと影響されて振り回されていた気が致します。
やっぱり人間が年を重ねていくということは学びの段階を上がっていくことだな、と思えます。
今日が明日より一歳若い最後の日です・・・
・掃除とは想慈(ものを想うことと、ものに対しての慈しみ)である。すべてのものには魂がある、故に心して接しなさい。